私からの発信〜「特別寄稿」

シックハウス問題は未だ起こっている
―当協会に寄せられた問い合わせの紹介―

 
 シックハウス新法が施行されてから、20年を経過しようとしています。最近はシックハウスに関しての話題が少なくなってきていますが、シックハウス問題は依然として起こっています。図1(a)は、「住宅品質確保法」、および「住宅瑕疵(かし)担保履行法」に基づいて設立された住宅紛争処理支援センターに寄せられた、シックハウスに関する相談の件数を示したものです。シックハウス新法が施行された2003年の546件に較べて、2009年以後では約1/5程度に減っております。しかし2015年を契機に再び相談事例は増加の傾向にあります。また図1(a)と(b)に示したシックハウスに関する相談は、「住宅紛争処理支援センター」と「国民生活センター」に寄せられたものですが、その他に「住まい情報センター」、「住まいの専門相談機関」、「各都道府県にある建築住宅センター」等に寄せられた相談件数もかなり有ります。このような相談件数から推察されるように、未だにシックハウス問題に苦慮している人々が数多くいるのです。


図1 住宅紛争処理支援センター等へのシックハウスに関する相談件数

 このようなことから、最近の数年におけるVOCの問題、およびシックハウス症候群に関して、日本VOC測定協会に寄せられた問い合わせについて紹介し、未だに起こっているシックハウス問題の解決の手助けになれば幸いであると考えます。

【事例1】 

[問い合わせ]:簡易測定法でTVOCを測定したところ10,000μg/m3を超えた極めて高いものとなっていました。TVOCの指針値とシックハウス症候群との関係がよくわかりません。測定は簡易型測定器を用いて行っていますが、簡易型測定器の信頼性は如何なるものであるでしょうか。また我が国で指針値を400μg/m3としているが、諸外国での指針値は如何なるものとなっているでしょうか。
[回答]:以下のようにお答えをします。
(1)TVOCの指針値について:室内のVOCに関して、厚生労働省が定めた指針値とその種類は、13種類だけのものとなっています。それ以外のVOCも健康に影響を及ぼす可能性は十分に有ると考えられます。しかしながら、VOCは数多くあり、これらのすべてについて、指針値を定めることは現実的に無理となります。そこで、13物質以外の個々のVOCの濃度の合計を総揮発性有機化合物(TVOC)と定義して、その指針値を400μg/m3としています。


 TVOCの指針値400μg/m3は、毒性学的知見から定められたものではありません。また含まれているVOCのすべてに健康への影響が懸念されるわけでもありません。したがって、TVOCの値が暫定目標値を400μg/m3を超える結果が得られた場合には、その中に含まれるVOCの種類を特定しなければ、具体的な対策を取る事が出来ません。そのために、厚生労働省の「シックハウス問題に関する検討会」では、測定されたTVOCの値が暫定目標値400μg/m3を超えた場合には、測定時期や、その中に含まれる物質の種類や由来を確認した上で、個々の良否の評価を行うべきであるとしています。なお、表1-1に諸外国のTVOCの指針値を示してあります。オーストラリアやドイツは定めていますが、ノルウェー、カナダ、米国、英国等の多くの国では、指標の設定に当たっての健康の影響に関するデータ不十分ある事から、TVOCに関する指針値は規定されていないのが実情です。
 

ドイツ 連邦環境庁(1999) 10000~25000 µg/m3(改装時の一時)

1000~3000 µg/m3(長期間入居時)

200~300 µg/m3(最大長期平均目標)
フィンランド 室内空気質候学会(2001) S1:200 µg/m3(最良な空気質:アレルギーや呼吸器系疾患などをゆする居住者の要求を満たす濃度)

S2:300 µg/m3(良質な室内空気質)

S3:600 µg/m3(満足できる室内空気質)
ノルウェー 厚生省(1999) 不必要な暴露を避ける
イギリス 保健省(2004) 1 mg/m3以上の値と感覚や刺激の症状が報告された場合は汚染現調査と対策を実施
オーストラリア 国立保健医療研究審議会(1993) 500 µg/m3(平均暴露時間1時間)
シンガポール 環境省(1996) 3 ppm(光イオン化検出器で測定,トルエン規準)
中国 香港特別行政区(2003) 最良質:200 µ/m3(平均暴露時間:8時間)

良質:600 µg/m3(平均暴露時間:8時間)
中国 環境保健総局(2002) 600 µg/m3(平均暴露時間)
韓国 環境部(2003) 500 µg/m3(大規模店舗など)

4000 µg/m3(医療機関など)

1000 µg/m3(室内駐車場)

表1-1 諸外国におけるTVOCの指針値

 (2)TVOCの測定方法について:TVOCの測定方法には精密測定法と簡易測定法があります。一般に室内の空気環境におけるTVOCは精密測定法の固相吸着-ガスクロマトグラフ法を用いて求めた値を指します。測定方法は数多くあり、それぞれによってTVOCの値は異なるため、測定結果にはサンプリング方法や分析方法等の測定条件を併記する必要があります。
 
 (Ⅰ) 精密測定法:VOCと同様の方法(固相吸着-ガスクロマトグラフ法)で分析します。濃度はGCクロマトグラムに検出されたピークを定量して合計した値から求めますが、合計する範囲は、便宜上、ヘキサンからヘキサンデカンの範囲に検出されるピークを対象とします。厚生労働省では、これらのピークの成分について標準品を用いて可能な限り定性(全検出ピークの1/2から2/3)及び定量し、定性できなかったピークについては面積を合計して、トルエン相当量に換算して定量し、両者を合計してTVOC濃度としています。一方建築学会では、JIS A 1965「室内及び放散試験チャンバー内空気中揮発性有機化合物のTenaxTA(R)吸着剤を用いたポンプサンプリング,加熱脱離及びMS/HIDを用いたガスクロマトグラフィーによる定量」に準拠し、ヘキサンからヘキサンデカンの範囲に検出される全てのピークの面積を合計し、トルエン換算する方法を提唱しています。

(Ⅱ) 簡易測定法:簡易測定法は、装置が比較的小型で持ち運びやすく、かつ操作が容易で、現場で即測定値が得られるものです。測定方式としては、半導体式センサ法やPID等と幾つかの方式があります。これらの測定法はVOCの種類によって感度が異なることや、VOC以外の物質の影響を受けることがあり、精密測定法で得られたTVOC濃度とはかなり異なるものとなる場合があります。そのために簡易測定法は、スクリーニングや濃度の監視などの用途に有用であるが、指針値のオーバー、あるいはクリアの評価に用いるのには難しいと考えられます。

 図1-1は, 精密測定法と簡易測定法によって得られたTVOCの測定結果を示したものです。精密測定法で得られたTVOCの値が400μg/m3の場合、簡易測定法でのTVOCは、15mg/m3(=15,000μg/m3)と38倍程度となっています。簡易測定法は、TVOCの厳密な値を評価する上では極めて問題があると考えられます。これまで当協会においても、本設問のようにTVOCの値が10,000μg/m3を超える幾つかの測定結果について、対処方法を含めて問い合わせがありました。先ず問い合わせ対して、TVOCの測定・分析法を確認すると、すべて簡易測定法で行われています。そのために、精密測定法で再測定を行うことを前提として対応するようにしています。本件も簡易測定法によって得られたもですので、測定結果を精密測定法で検証しなければなりません。通常TVOCが10,000μg/m3を超えることは考えられません。簡易測定法は、現場において迅速かつ簡便に測定出来ることから重宝されていますが、その信頼性は低く、測定された結果はTVOCの値の大まかな目安しかありません。 

 
図1-1 TVOCの精密測定法と簡易測定法との比較
(三井住友建設技術センター報告第8号引用)

【事例2】

[問い合わせ]:厚生労働省が指針値を定めた13種類のVOCの中で、テトラデカンは灯油から放散されるとしているが、人への健康に与える影響、特に化学物質過敏症の者に対しては、如何なるものとなるでしょうか。
[回答]:以下のようにお答えをします。
 (1)灯油に含まれるVOCについて:厚生労働省が指針値を定めた表2-1に示す13物質の中でのテトラデカンは、主に灯油と塗料が発生源となっています。

No. 化学物質 主な発生源 No. 化学物質 主な発生源
1 ホルムアルデヒド 合板、接着剤、防カビ材 8 フタル酸ジ-n-ブチル 塗料、顔料、接着剤
2 トルエン 塗料、接着剤 9 テトラデカン 灯油、塗料
3 キシレン 塗料、芳香剤、接着剤、油性ペイント 10 フタル酸ジ-2-エチルヘキシル 壁紙、床材、各種フィルム、電線被膜
4 エチルベンゼン 塗料、殺虫剤 11 ダイアジノン 殺虫剤
5 スチレン 断熱材、浴槽ユニット、畳、包装材 12 アセトアルデヒド 防カビ剤、溶剤、ペット臭、タバコの煙
6 パラジクロロベンゼン 防虫剤、防臭剤 13 フェノブカルブ 殺虫剤(農薬)
7 クロルピリホス 殺虫剤、防蟻剤      

表2-1 厚生労働省が指針値を定めている13種類のVOCと主な発生源

 また、灯油にはテトラデカン以外のアルカン類[註1]も多く含んでいます.アルカン類は,「未規制化学物質」ではあるものの,化学構造がテトラデカンと類似しているために身体の健康に対する影響もテトラデカンと同様であると考えられています。


[註1]石油の主成分は炭化水素です。炭化水素は、炭素原子と水素原子だけからなる化合物です。飽和炭化水素は別名アルカンといい、炭素原子が鎖状に連なった鎖状アルカンと炭素鎖が環状構造になった環状アルカンに大別されます。不飽和炭化水素は原油中にはほとんど含まれていませんが、分子内に1つの2重結合を持つ「アルケン(オレフィン)」は、原油の精製によって生成されます。

 (2)テトラデカンによる症状:テトラデカンは脂肪族炭化水素の1つであり、灯油は発生源の一つとなりますが、その他に油性ペイントやその薄め液、油性ニス、ワックス、防腐剤なども発生源となっています。室内濃度の指針値は0.04ppmであり、身体への影響としては、吸入することによる麻酔作用、めまい、吐き気などがあげられます。また皮膚に付着した場合には接触性皮膚炎を引き起こす危険性も指摘されています。

 (3)化学物質過敏症者への影響:外出している時はなんでもないのに、家の中や、ビルに入った時に、症状が現れる場合は、シックハウス症候群(Sick house syndrome)と称されています。それに対して化学物質過敏症は、室内室外にかかわらず、タバコの煙、香水のにおい、排気ガスなどの空気が汚れているところでは、体がその化学物質に過敏に反応し、決まって体調が悪くなります。灯油から放散される化学物質で化学物質過敏症的な症状が引き起こされることもあります。また灯油には、厚生労働省が指針値を定めている13種類のVOCの中のテトラデカンの他に、エチルベンゼン、トルエン、キシレン等が含まれていますので、化学物質過敏症を誘発させる危険性が高くなります。

 (4)灯油が漏洩した場合の対策:室内に漏洩した灯油からのVOCは、時間の経過とともに減衰し、身体への影響も次第に薄れてきますが、早急の除去が必要となります。灯油の除去に当たっては通常中和剤が用いられますが,ベンジルアルコール等のVOCが高濃度で検出されたこともありますので、汚染除去に用いる他の薬品等についても,室内空気汚染の観点から注意する必要があります。シックハウス症候群の恐れがある場合には、病院で一度専門的な診察を受けることを勧めます。

【事例3】

[問い合わせ]:自然塗料や無垢材等はVOCの放散は無いとされていますが、その信憑性は如何なるものとなるでしょうか。またこれらから放散されるVOCの値の測定はどのように行われているのでしょうか。
[回答]:以下のようにお答えをします。
 ご心配されているように、自然塗料や無垢材等はVOCの放散は無いとは言い切れません。これまで無垢材を使用した健康住宅と称される建物で、アセトアルデヒドが指針値をオーバーした例が多々あります。図3-1は、鉄骨軸組で小屋、外壁、床を木とし、外部ノンシーリング工法の窯業系のサイディング、内部もPBボード和紙貼りと杉、ヒノキで仕上げ、設備の配管すら接着剤を使用しないで、サンスター技研のインドアシール(ノンVOC)とかなり配慮した施工におけるアセトアルデヒドの濃度の測定結果を示したものです。図中には5箇所(A~E)における測定値を示していますが、竣工時のVOC測定で「厚生労働省指定13物質」の中のアセトアルデヒドのみ、測定箇所(外部も含め)14のうちの11箇所が指針値をオーバーするものとなっています。

 また公的機関で、使用した木材からのアセトアルデヒドの放散量を調べた結果、施工したヒノキから0.042μg/ml、杉からは0.089μg/mlが検出され、居室での床と壁での使用木材面積で計算すると、測定されたアセトアルデヒドの濃度とほぼ合致していました。このように、アセトアルデヒドは木材からも発生することが知られています。またトドマツやカラマツ等の針葉樹、広葉樹のヤチダモからの放散が認められています。さらに最近、国産建材用木材であるスギ材からの発散が確認されています。


図3-1 測定されたアセトアルデヒドの濃度

 図3-2は、針葉樹合板の安全性を評価することを目的として、針葉樹単板および合板のホルムアルデヒド放散量の測定結果を示したものです。なお、合板はホルムアルデヒドを含まない接着剤(水性高分子・イソシアネート系接着剤)と、ホルムアルデヒドの含有量の少ない接着剤(フェノール接着剤と改良型ユリア接着剤)を用いて製造し、JAS規格1901Aのチャンバー法に従ってホルムアルデヒド放散量を測定した。図3-2に示す結果から、以下のことが分かります。

(1)天然の木材からもホルムアルデヒドが放散する。
(2)ホルムアルデヒドを含まない水性高分子・イソシアネート系接着剤、
及びユリア接着剤による合板の放散量は、天然の木材とほぼ同じである。

 ホルムアルデヒドは食品などにも含まれていることが知られており、もともと天然に存在する化学物質であることから、自然素材を使用した場合でもホルムアルデヒドは放散されます。


図3-2 針葉樹単板・合板からのホルムアルデヒド放散量

 住宅に使われる建材や施工材等から放散されますVOCの測定は、「JIS A 1901」に規定されています試験装置を用いて行います。試験装置は、対象となる資料の大きさによって異なりますが、次の3種類のものがあります。

①容積20Lの小型チャンバー
②容積500Lの中型チャンバー
③容積1,000Lの大型チャンバー

 試験装置、試験方法、および試験材料の作製等関する詳細は、「JIS A 1901」に詳しく記載されていますので、入手してお読みください。また、このJIS規格に準拠した試験装置の価格は、20Lチャンバーで400万円、500Lで600万円、そして100Lで1,500万円と高価なものとなります。そのために大部分は、企業の研究所や国の試験機関等が所有していることになります。問合せの有りました自然塗料や無垢材等から放散されるVOCの放散量の測定は、上記の試験装置を用いて行われます【註1】。この場合の測定資料の大きさは、試験体の表面積Aと用いる試験装置のチャンバーの容積Vとの比、A/Vを2.2m2/m3としなければなりません。これは、6畳相当の部屋一面に試料を張り付けたと同じ条件となります。チャンバーに設置する試験体が大きくなればなる程に、VOCの放散量が大きくなり、客観性が損なうことになりなることから、A/Vを2.2m2/m3としています。なお測定する試料の作製は、「JIS A 1901」に準拠して行えば良く、全く問題はありません。

 つぎに試験期間ですが、一般的にはVOCの試験に当たっては、試験開始から、1、3、7、14±1、および28±2日の経過後に順次測定します。ただ、VOCの放散量の経時変化が必要ならば、試験回数は当然ながら多くなります。逆に試験材の何日か経過後のVOCの濃度がどうなっているかを知りたいならば、この中の測定日を選択すればよいことになります。またJIS規格に準拠した試験装置を用いて建材等のVOCの測定事業を実施しています企業や国の試験機関が幾つかあります。これらに関しては、ネット検索で調べることが容易に出来ます。試験かかる費用は試験機関であまり違いは無く、40~45万円程度と考えて下さい。


付図1 試験装置全体図

【事例4】

[問い合わせ]:竣工直後での室内のVOCをアクティブ法で測定しました。測定された8物質のVOCの中でトルエンが指針値の3.1倍とかなり超えたものとなっていました。どのように対処すればよいでしょうか。
[回答]:以下のようにお答えをします。
 室内空気中のVOC濃度の低減化には、幾つかの方法があります。以下それらについて説明します。
(Ⅰ)ベイクアウトによる方法
VOCが指針値をオーバーした場合の対処方法としては、現在のところ簡便でかつ容易であるベイクアウトは最も有効な方法となっています。しかしながら現状では、指針値を大幅に超えない限り、ベイクアウトを施して、VOCの削減を図る事例はあまりありません。日本VOC測定協会では、これまでの500件を超えるVOCの測定・分析において、トルエンが指針値をオーバーする事例が十数件ありました。しかし、その大部分は指針値の1.5~2倍以下のものであり、通常の機械換気システムの稼動(換気回数0.5回/h)で、1~2週間程度で指針値以下となることから、とくにベイクアウト等の処置を行うことは勧めておりません。また住まわれる人の健康に対して特に問題になったことはありませんでした。このようなことから、VOCが指針値を超えた場合でのベイクアウトの実施は、以下のように行うことを提案するものです。

(1) VOCの値が指針値の1.5~2倍以下ならば、ベイクアウトを実施せず、機械換気システムの稼動(換気回数0.5回/h)による換気でVOCの削減化を図る。
(2) VOCの値が指針値の2倍を超えた場合においては、ベイクアウトを実施して早急にVOCの削減化を図る。

 今回の事例では、トルエンが指針値の2倍を超えたものとなっていることから、1~2日を費やす複数回のベイクアウトを行うことが必要であると考えます。換気システムの能力を最大に上げて室内を換気しながら、複数回のベイクアウトを施せば、1~2週間程度でトルエンの濃度は指針値以下になるものと考えます。また図4-1にトルエンの経時変化を示してあります。2ヶ月(60日)程度の経過後では、トルエンは1/3に減衰します。したがって、今回の事例では、トルエンが指針値の3倍程度であることから、ベイクアウトを行なわず、通常の室内換気のみでは、指針値以下となるのには2ヶ月程度必要であるものと考えます。指針値のオーバーが2ヶ月程度続くとすると、健康に及ぼす懸念があることから、ベイクアウトを施して早急にトルエンの削減を図るべきと考えます。なお実際の室内では何種類もの建材が使用されており、化学物質放散量の異なる建材間でのベイクアウト効果の影響が懸念されます。放散量の差が大きな建材が混在する状況下では、ベイクアウト後において、低放散量の建材に再付着したホルムアルデヒドや他の揮発性有機化合物の放散により、一時的に放散量が大きくなる可能性が示唆されております。ベイクアウトは必ずしもVOCを軽減させる絶対的なものではないことも知っておくべきであると考えます。


図4-1 トルエンの経時変化

(Ⅱ)VOCの吸着・分解等による方法
(1)VOCの吸着材料・吸収材料の採用代表的な材料として、珪藻土を用いた塗り壁や天井・壁用のボード類などがあります。珪藻土とは、プランクトンが堆積してできた多孔質の土で、調湿機能や脱臭機能に優れているといわれています。湿気を吸収してくれるのと同様に、室内中の揮発性有機化合物(VOC)についても吸収してくれることが期待できます。また、多孔質といえば炭が有名です。よく冷蔵庫の臭い取りなどに用いられていることからも分かるように珪藻土と同じような働きがあります。しかし、化学物質を吸着できる容量には限度があり、容量を超えてしまうと、機能を発揮することはできません。しかも、室内空気中の化学物質濃度が低下した場合には、吸着していたものを再度放出する可能性もあるので注意が必要とされます。

(2)VOCの分解材料の採用VOCを吸収・分解して無害化する商品もあります。例えば、アルデノンと呼ばれるホルムアルデヒドを分解する物質を再生紙に染み込ませたホルムアルデヒド吸着・分解紙などがあります。また、VOCの分解材料の代表的なものに酸化チタンがあります。酸化チタンは、光触媒反応を起こす物質として有名です。光触媒反応とは、太陽の光(紫外線)を当てられることによって起こる酸化・還元反応のことで、これにより有機物を分解します。本来、酸化チタンによる光触媒は、外壁を汚れにくくするためのコーティング材に用いられることが多いのですが、最近では、化学物質の分解を目的として、内装材にも使われるようになってきています。建材表面にコーティングした酸化チタンにVOCが接触し、そこに光(紫外線)が照射されると、酸化分解される仕組みです。この酸化チタンを塗り壁や内装パネル類などの仕上げ材に使用し、光触媒によるVOCの分解を狙った材料が出てきています。ただVOCの分解材料によって室内空気の化学物質量を劇的に低減することは難しいことから、やらないよりはやった方がよいというくらいの期待に止めておくのが無難です。

(3)空気清浄機の採用空気清浄機は、通常ハウスダストやタバコの煙などを清浄するための機種がほとんどですが、中にはVOCを除去する能力を持つ機種があります。VOCを除去する空気清浄機には、活性炭フィルターなどのフィルターでVOCを吸着するものや、金属酸化物(過マンガン酸カリウム等)による触媒効果でホルムアルデヒドなどを酸化させ、二酸化炭素などに分解する方式のものがあります。また、上述した酸化チタンの光触媒効果で、VOCを分解する空気清浄機もあります。図4-2に空気清浄機によるVOCの除去性能を示してあります(なお図5-5(a)の縦軸のauは単位µg/Lである)。VOCの除去に対して、かなり有効であることが分かります。


図4-2 空気清浄機によるVOCの除去
(神奈川県立産業技術総合研究所の報告書等) 

【事例5】 

[問い合わせ]:塗料には水性塗料と油性塗料とがあるが、VOCの放散を防止する上ではどちらを採用すべきでしょうか。
[回答]:以下のようにお答えをします。
 塗料は、いろいろな原料を組み合わせで製品化されています。それを大別すると、「塗膜にならない成分」と、「塗膜になる成分」に分けられます。前者は揮発し、後者は固形化します。また「塗膜になる成分」は、主要素(樹脂)、副要素(添加物)、及び顔料に分けられます。顔料が入っていないものがワニスやクリアなどの透明塗料で、顔料が入っているものがエナメル等の有色不透明塗料になります。以下、「塗膜にならない成分」から放散させるVOCに関して説明をします。

[Ⅰ] 塗料に含まれるVOCについて
 塗料の中で室内の空気を汚染する物質は、主に「塗膜にならない成分」ということになります。「塗膜にならない成分」は、いわゆる「溶剤」のことです。溶剤は樹脂を溶かし、塗料に流動性を与え、塗りやすくするために欠かせないものであるが、塗膜には残らず空気中に放散されます。この場合、油性塗料では溶剤にトルエンやキシレン類が添加されていますので、VOC問題を引き起こすことになります。一方水性塗料においては、VOCは若干添加されていますが、油性塗料に比べて少なく、その影響は少ないものとなります。ただ水性塗料が全ての人に安全であると言い切れるわけではありません。通常健康な一般の方は、殆ど影響はありませんが、化学物質過敏症の人は敏感に反応することがあります。

[Ⅱ] 塗料からのVOCを防ぐには
 塗料から出るトルエンやキシレン類のVOCを防ぐ幾つくかの方法があります。その一つは、トルエンやキシレン類が使われていない塗料、すなわち溶剤が水性のもので、そして溶剤を使わない塗料を使うことです。最近亜麻仁油を用いた自然系塗料なども増えてきています。亜麻仁油は、「塗膜になる成分」の樹脂(油類・天然成分)になりますが、溶剤としての役割も果たします。しかし自然系塗料は、欠点として価格が高価で施工性が悪いなどの点があげられます。そしてもう一つの方法は、トルエン類が用いられた塗料を塗った後に長期の乾燥期間を確保することです。一般的な油性塗料が乾燥して溶剤の揮発量が大幅に減るのに3週間ほど要します。そのために3週間以上の期間は入居するのを避け、溶剤が揮発するのを待つことです。
 
[Ⅲ] 水性塗料と油性塗料について
(1)【水性塗料のメリット】
①水性塗料に含まれる水分は、一定の温度に達しないとしっかり乾燥しない(固まらない)ことがあるため、気温が低い時期は工期が長くなる。

②窯業系サイディングやモルタルなどの素材にはよく馴染むが、アルミやステンレスといった金属部分には密着しにくい性質がある。そのために屋根の下塗りや、雨樋・破風板・軒天井などの塗装にはむかないケースがある

③水性塗料は、施工後しっかりと乾燥させて水分が蒸発・塗膜が硬化すれば、雨などで濡れても流れ落ちることはないが、乾燥が完了するまでは水に弱いという難点があるため、天気の良い日を選んで施工する必要がある。

(2)【水性塗料のデメリット】
①水性塗料に含まれる水分は、一定の温度に達しないとしっかり乾燥しない(固まらない)ことがあるため、気温が低い時期は工期が長くなる。

②窯業系サイディングやモルタルなどの素材にはよく馴染むが、アルミやステンレスといった金属部分には密着しにくい性質がある。そのために屋根の下塗りや、雨樋・破風板・軒天井などの塗装にはむかないケースがある。

③水性塗料は、施工後しっかりと乾燥させて水分が蒸発・塗膜が硬化すれば、雨などで濡れても流れ落ちることはないが、乾燥が完了するまでは水に弱いという難点があるため、天気の良い日を選んで施工する必要がある。

(3)【油性塗料のメリット】
油性塗料に含まれるシンナーなどの有機溶剤には耐久性の高い塗膜を作る
②気候等に左右され難く、乾燥が早い。
③密着性が高いため素材を選ばずに塗装できる。


(4)【油性塗料のデメリット】
①有機溶剤として使用されるシンナーの臭いがきつい。
②健康や環境に被害を及ぼす「VOC(揮発性有機化合物)」を放散する。
③シンナーは引火性が高いという性質上、保管場所や管理の仕方に注意が必要とする。
④希釈する時や用具を洗う際にもシンナーなどの有機溶剤が必要とするために扱いには手間がかかる。

 表5-1に水性塗料と油性塗料のメリットとデメリットをまとめて示してあります。両者における最も大きな違いは、水性塗料は油性塗料に比べてVOCの放散量が極めて少ないことです。

  水性塗料 油性塗料
塗料の主成分 溶剤
メリット ・値段が安い ・耐久性に優れている
・臭いが少ない ・塗料の密着がいい
デメリット ・耐久性は溶剤より落ちる ・値段が高い
・艶が落ちやすい ・臭いが強い
VOC排出量 少ない 多い

表5-1 水性塗料と油性塗料の比較

[Ⅳ]室内での塗料の使用について
 VOCの問題を防ぐ上では、室内に用いる塗料は水性塗料とすることが求められます。水性塗料は、乾燥が完了するまでは水に弱いという難点がありますが、室内に施工する場合には、その問題は全く生じません。また、日本VOC測定協会のVOCの測定を開始した初期の段階では、VOC、とくにアセトアルデヒドが指針値をオーバーする事例が多くみられました。ただこのアセトアルデヒドが指針値をオーバーする事例の多くは、油性塗料が原因であることが判明し、日本VOC測定協会では、水性塗料の採用を強く勧めてきました。その結果、VOCの指針値がオーバーする事例が大幅に低減されました。このような事実から室内には油性塗料の使用は、極力避けるべきであると考えます。

[Ⅴ] 水性塗料は水に濡れた場合について
 水性塗料は手などについたら水で落とせることから、水に濡れるところに採用しても大丈夫なのかと思う方もいると思います。水のかかるところに水性塗料を使用しても大丈夫なのです。実際、水がかかる浴室や風雨に晒される屋外に塗る塗料も水性のものがあります。塗料は樹脂と顔料と溶剤からなっています。この溶剤は、油性塗料はペイントうすめ液で、水性塗料は水です。塗料を塗って乾くということは、図5-1に示すように溶剤が揮発や蒸発することで、乾いたときに残るのが油性塗料、水性塗料ともに塗膜(樹脂と顔料)ということになります。油性塗料も水性塗料も乾いてしまえば塗膜が残り、性能は基本的にはほとんどかわりません。したがって水性塗料は乾く前の状態のときに水がかかると塗料が流れてしまいますが、いったん乾いてしまうと水がかかっても問題は無いのです。これは水性塗料も油性塗料も完全に乾いて水や溶剤がなくなると、樹脂と顔料が残り、その粒子がお互いに結合してフィルム状になると、水性も油性も同じで水に溶けないことになります。


図5-1 水性塗料と油性塗料の融合乾燥

【事例6】

[問い合わせ]:VOCの測定士の資格を有しています。2023年4月に竣工した住宅の1年後の2024年6月にVOCの測定を実施したところ、アセトアルデヒドが指針値の1.7倍となっていました。またホルムアルデヒドも指針値以下ですが大きな値となっていました。本物件は、竣工後入居した家族は体調が悪くなり、奥さんと子供さんは7月、そしてご主人は12月に退去され、シックハウスに関連して裁判で係争中です。またご主人は自らパッシブ法でVOCを測定したところ、アセトアルデヒドが指針値を超えたものとなっていたとのことです。さらにエアコンを稼働させるとカビの臭いがするとのことです。本物件のVOCの測定結果に対してどのようなコメントをすべきでしょうか。

[回答]:つぎに述べるコメントを行ってください。
(1)今回のVOCの測定結果は、竣工1年後におけるVOCの濃度ですが、それでもアセトアルデヒドはLDKでは指針値をオーバーし、2Fの廊下では指針値に近い値となっています。またホルムアルデヒドも指針値以下ですが、かなり検出されています。アセトアルデヒドは、図6-1に示すように(林産試たより2016年4月号)、1ヶ月経過後には,40~90%程度までに減少します。さらにホルムアルデヒドは、図6-2に示すように4ケ月経過後には1/10以下となります。これらのことから、入居時でのアセトアルデヒドの濃度は指針値の数倍程度であったものと推定されます。またホルムアルデヒドも、指針値をかなりオーバーしていたものと思われます。

図6-1 アセトアルデヒド放散速度の経時変化


図6-2 竣工後におけるホルムアルデヒドの経時変化
(2)ホルムアルデヒドに曝露された場合には、目、鼻、喉への刺激、濃度依存性の不快感、流涙、くしゃみ、咳、吐き気などの症状が現れます。表6-1にホルムアルデヒドの短期間暴露による人体への影響を纏めて示してあります。またアセトアルデヒドについても、ほぼ類似しているものと考えられます。今回の事例は、退去せざるを得なかったとのことですので、多分その症状は表6-1の3~4に該当し、竣工時ではアセトアルデヒドは当然ながら、ホルムアルデヒドも指針値をかなりオーバーしていたものと推察されます。
1 0.003ppm 刺激を感じない
2 0.05~0.08ppm 前後 臭いを感じる
3 0.13~0.45ppm 目への刺激が始まる
4 約0.5ppm 臭気の不快感
5 2~3ppm 鼻や喉に刺激
6 4~5ppm 催涙がおこる
7 10ppm 以上 呼吸困難
8 50~100ppm 5~10分で急性中毒

表6-1 ホルムアルデヒドの濃度と発症する症状

(3)エアコンの稼働時において、カビ臭い臭いがしたとのことですが、カビもシックハウスを引き起こす一つの要因となっています。カビを吸い込むと、呼吸器に入り込むことで、鼻や喉の痛み、くしゃみ、鼻水、咳などの症状が現れることがあります。また、カビによるアレルギー症状は、鼻炎、気管支炎、喘息などがあり、重度の場合は呼吸困難を引き起こすこともあります。表6-2に住宅に生じるカビの種類と健康被害を纏めて示してあります。長期的には、健康に深刻な影響を与えることもあるため、カビ対策は非常に重要です。ただ本事例の入居時でのエアコンは新しいものであることから、カビの発生はないものと考えられます。入居後に生じた体調の悪化は、あくまでも室内のVOCによるものと判断されます。

カビの種類 主な生息場所 引き起こされる主な病気名
ススカビ 屋内全般、空調設備のダクト内、エアコンの熱交換器内 ぜん息、肺炎
ケカビ 浴室、押入れ 肺炎
黒色酵母 衣類、布団、タオル 食中毒、肺炎
クロカビ 屋内全般 ぜん息、アレルギー疾患
アオカビ 屋内全般 ぜん息、アレルギー疾患、肝臓ガン、腎臓ガン、肝硬変

表6-2 住宅のカビの種類と健康被害

(4)パッシブ法でVOCの濃度を測られたとのことですが、パッシブ法はアクティブ法の代替りの方法として同じく国交省により認められている測定法ですので問題はありません。ただ両者での測定されたVOCの濃度は、パッシブ法では平均値であり、アクティブ法では最大値であることから、パッシブ法で測定されたVOC濃度は、アクティブ法に較べて低い値となります。アクティブ法に関しては、厚生労働者は、具体的な測定の工程を示していますが、パッシブ法に関しては測定時間を含めた測定の工程を出していないようです。ただ通常パッシブ法は、表6-3に示す測定の工程で行われているようです。重要なことはパッシブ法によるVOCの値を平均値とするならば、空気の採集時間は少なくとも、1日の24時間は必要であると考えます。今回の測定が表6-3に準拠したものであるならば問題は有りませんが、もしも準拠したものでないならばデータとして問題が残ることになります。

時刻 工程内容
8:30 戸、窓、扉をすべて開放し、室内の換気を行う(30分間)。
9:00 開放した戸、窓、扉のすべてを閉じ、室内の換気を終了する。
9:00~14:00 室内空気環境を維持し(戸、窓、扉等を締め切った状態)、その間の13:30頃から測定の準備を開始する(5時間)。換気設備は稼働する。
14:00 測定を開始する。
翌日 14:00 測定を終了する。(測定を24時間実施する)

表6-3 パッシブ法での測定の手順
(坂本理事長記)